※いったん思考の整理として書いたので死ぬほどわかりにくくてすまん
※現時点で出ている情報を基にした考察。
※本編・ノベライズ・RayのMVの内容を含みます。ネタバレ注意
※なんとなくだけど、RayのMVで何か見落としているような気がする
※誰かこれをネタにしてエモエモなSSやファンアートを書いてください……この内容準拠でなくても構いません
時系列
(作中の出来事)
酒寄彩葉、Replyを歌いヤチヨと再会。タケノコのあるアパートの一室からツクヨミに入り、ヤチヨの8,000年を知る
→そこでの会話を受け、彩葉は①ツクヨミに味覚と触覚を実装、②かぐや(=ヤチヨ)を現実世界に再び呼び戻すことを目標に掲げ、東京大学に進学、研究の道へ
→研究の末、工学技術により味覚と触覚のあるかぐやのボディを作成することに成功。
(本編で10年後として描かれている、3人でのツクヨミ現実ライブのタイミングはこの地点)
→この時点で当初の目的は達成しているのだが、彩葉はかぐやを本当の意味で人間と同じ存在にすることを望む。(かぐやを老いて死んでいく、彩葉と一緒に生きる存在にしたい、という意味)
→しかし地球の技術(=彩葉の技術)ではそれはまだ無理、そもそもより生体に近いボディに意識を移すことができない
→月のテクノロジーが必要
月人の作るタケノコロケットには擬態機能がついており、ナノマシンを用いて近くの生命体に「擬態」することができる(公式設定)。もちろんタケノコロケットの擬態による生まれる身体は老いて死ぬ人間のものとは違うが、そもそもここのメカニズムがわかっていないと先に進めない
→彩葉、月人に接触。(Rayのメールのシーン)
タケノコロケットを追加で1個地球に送ってもらうよう頼む
→月人、過去(おそらく竹取物語が成立した10世紀ごろ)の富士山に時空の座標を合わせ、タケノコロケットを送る
※「月のテクノロジーは時間すら超えられる」ため、タケノコロケットを過去に送ることは可能。細かく日時指定はできない(「ピーキーな時間遡行システム」は「かぐやの担当」だったため)
※なぜ10世紀の富士山か?→当時の富士山は活発に火山活動していたから。
帝は手紙を読みひどく深く悲しみ、何も食べず詩歌管弦もしなかった。大臣や上達部を呼び「どの山が天に近いか」と尋ねると、ある人が駿河の国にあるという山だと言うのを聞き「会うことも無いので、こぼれ落ちる涙に浮かんでいるようなわが身にとって、不死の薬が何になろう」と詠み、かぐや姫からの不死の薬と手紙を、壺も添えて使者に渡し、つきの岩笠という人を召して、それらを駿河国にある日本で一番高い山で焼くように命じた。
その由緒を謹んで受け、「士(つわもの)らを大勢連れて、不死薬を焼きに山へ登った」ことから、その山を「ふじの山」と名づけた。その煙は今も雲の中に立ち昇っていると言い伝えられている(つまり、書かれた当時の富士山の火山活動が活発であったことを示している)。
富士山以外に落とすとして、関東平野に落とすのは人間への影響が無視できない。
海に落とすと回収できない可能性がある。
現代(2040年ごろ)の富士山に落とすのはリスキー(実際には小型隕石程度で富士山が噴火することはないらしいけど)。
人間が簡単に近寄らず、東京からそれなりに近く、回収が可能なランドマーク性のある場所が過去の噴火中の富士山だった。
※※もっと決定論的な理由として、「竹取物語を踏襲したため」という理由もある。
この考察では「竹取物語はFUSHIが過去でかぐやについて語った内容がベースとなっている」説を採用している。(ループ説、先代の「姫」がいた説は採用していない。)この場合、竹取物語に不死の薬棄てるパートはどこから生まれた?となるのだが、10世紀ごろに実際に富士山頂にタケノコが落ちてくるという事象が発生していれば、このパートが勝手に追加されていることにほんの多少ではあるが説得力がわく。
※すごいどうでもいい補足:作中で彩葉がかぐやに読ませていた「講談社の絵本 かぐや姫」にはそもそも富士山に不死の薬を棄てるパートはない。現実世界の絵本でもこのパートはカットされているので、「超かぐや姫の世界の『竹取物語』にはそもそも不死の薬棄てるパートはない」という主張は、説得力が薄い。(ここ文章がわかりにくくてゴメン……)
→彩葉、義体ボディのかぐやと富士山に登る(このシーンでかぐやは白い息を吐いていないため、真に人間のボディにはなっていないと推測)。特別な許可を得て岩盤を掘削し、月人に頼んだタケノコを1,000年前の岩盤から掘り起こす。
→彩葉、タケノコを解析。真に人間と同じボディの開発に成功し、真の意味でかぐやとともに生きることができるようになる(RayMV最後のシーン)
めでたしめでたし
よくある質問
・例のサーバールームのタケノコを埋めたんじゃないの?
→あのタケノコはツクヨミのサーバー機能を兼ねている気がする。あのタケノコを埋めちゃったらヤチヨとツクヨミが維持不可能なのではないか。
ヤチヨは8,000年を経て、人類全体への愛を注ぐキャラクターとして生きていっていると思うので、かぐやは彩葉とともに歩み死んでいく、ヤチヨとツクヨミは残り続ける、というほうが、なんとなく綺麗な気がする。ヤチヨとあのタケノコは今後もツクヨミを発展させていくうえで頑張ってほしい
・先代の姫のタケノコじゃないの?
→先代の姫の存在(竹取物語のもとになった)はいたら面白いと思うけど、過去にそんなドタバタが本当に起こっていた場合、ヤチヨがそれを全く知らないことは考えづらい。
(ヤチヨは知っているが隠しているという説は、彩葉がヤチヨの8,000年をすべて見てきたことから否定される)
あとまあ、「竹取物語」の元ネタがFUSHIの話だった、っていうほうがエモいしおもろいよね
・ヤチヨは輪廻って言ってたけど、結局あの世界はループものなの?
→ループはしていない。タケノコとかぐやは8,000年前の過去に戻っているが、そもそもあの世界は決定論的であり、その過去に戻ったことも時系列に組み込まれたうえで時間は続いていく。なのでかぐやが月人に連れられて強制送還されるのも、彩葉たちがそれに対抗したものの敗れたことも、すべて決められていたこと。かぐやが強制送還される2030年9月12日までの未来は、8,000年前の時点ですべて確定している。逆にいえばそこから先はヤチヨにすら全く読めない領域だったわけで、あそこで彩葉がああしなかった場合はハッピーエンドにはなってないのよね。
ヤチヨの「輪廻」は、かぐやが8,000年の時を経てヤチヨになるというサイクルは、私たちがどうふるまおうと決して変わらない、という意味で発言したと解釈しました。
ちなみにこの理論を採用すると、2040年段階で「竹取物語の最後と同じ富士山にタケノコロケット落としてもらうのエモいよね」→「それが竹取物語の元ネタだったんだよ!」というエモ・タイム・パラドックスも起こせる。
















